以下、"非常に大雑把に"まとめ。
・忍者→飛脚(廃業した忍者が飛脚へ、の流れ)
・山伏、修験道、催眠術、霊術等の廃止→現代体育への流れ、西洋文化の取り入れ、歩き方の変化(明治維新あたりの流れ)
・NARUTOを見て「忍者なのに全然忍んでない」
・催眠術など怪しい
などといったのもこういう経緯・空気感を知らないところから出てくる。
むしろ現代の状況がよっぽど狂ってる。正直、スピ系を仮想敵にした批判も今考えるとこれはこれでおかしな感じがする。
忍者の源流も複数説(平安、中世、室町)がある。源流の元には源流があり、辿っていってもいくらでも先がある(という風に考えるのが自然だ)。飛脚も平安時代からあった説がある。前も書いたかもしれないが、情報が命でありニーズがあるという前提に立てば、もっと前からあってもおかしくない。
そしてニーズがあれば技術があるので、神速歩行術的な技術はもっと昔からあったかもしれない。個人的には走技術は人類の歴史と共に常にあったんじゃないかなぁと考えてる。ニーズがない場所では発展しないだろうけど。その時代時代で職業化していたかどうかは不明。
例えば矢野千里が竹川竹斎に歩行術を教えた、とあるが、矢野千里が元々、創始者だったとは思えない。鉄山先生も一子相伝。リボーンの稲川先生なんかも忍の家系らしい。高岡英夫先生のところも武術家系。苫米地さんのところもそうだろう。催眠の川上剛史さんも「親父から教えられたと」どこかで言っていたので、おそらく家系。
一般人には知られないだけで、秘伝はそこらじゅうにある(月刊秘伝には書いてないw)
情報が手に入りやすくなった今、スポーツから入った僕とか、パフォーマーから催眠術学んだり、ナンパから催眠、NLPから催眠気功魔術・・・といった様々なルートが考えられる。アロマセラピーから入ってもいいし、音楽から入ってもいいしね。なんでも有り。結局同じだ。多分、科学も同様で、物理学から入ろうが宗教学から入ろうが、(日本は馴染みがないだろうが神学から入ろうが)、必ずどこかでかぶってくる。
ただそのかぶりそうなとき(=ぶつかったとき)に、どうやら進歩が止まるようだ。もったいない。ゆる体操やるんなら、気功や催眠や仙術も学んだ方がいい(というか「ヨガ・呼吸法・気功法を入れて作った〜」とあるのに、なんで学ぼうとしないのか不思議だ。答えが目の前の文章にあるのに。)