気分が向いたので、俺とコアなクライアントに向けてのみの記事を書いてみたいと思います(そういえば、このブログは「です、ます」系と「だ、である」系の記事とを適当に使い分けています。気分です。)
当ブログは切り替えてから、まだ3ヶ月くらいなので、1ヶ月に100人もいかないくらいでコアなファンが見ているぐらいですね。オフ会やブログ配信も予定していますが、前のブログを一度完全に消している関係でだいぶ減っています。
で、突然ですが、お題その1。
拳を作ってください。ボクシングとかの拳です。難しく考えず・・・拳を作る!
次に、究極の身体でも出てくる議論ですが、力こぶを作ってみてください。
肘の関節の前面に意識を置いて。
意識を強く置く、気をイメージして置いておいてもいいでしょう。
ここでいう「意識をおく」ですが、「意識=気」と捉えてください。
もう一度、拳を作ってみて、どこに意識を置いて作っているか、ご自身なりに感覚を言語化してみてください。手のひらの中心に意識を置いている気がする、とか。石のようなイメージをしている感じだ、とか。
ベンチプレスで大胸筋をより鍛えたいと思った時、胸を意識します。この時の「大胸筋を意識する」といっても、胸の表面の前の空間も意識していませんか?、ということは大胸筋の筋繊維に沿って意識していません。「胸骨を意識する」とかでもありません。あくまで境界線が非常に曖昧な部分を言語化して意識していると思います。
では次の事例。お箸!
このときどんな風に意識を置いていますか?(もちろん無意識サイドのことですよ)
お箸を持つとき、まず指に意識が通っていないといけません。赤ちゃんは手を微細に動かすことは苦手です。しかし大人でも日本人でなければお箸を使いこなすことは出来ません。人差し指がこうで、中指がこうで、親指は添えるように・・・などと非常に具体的な形を強いられています。
例えば、料理人や作家さんは腱鞘炎になる例がありますが、さてどこがズレていると思いますか?、というか基準ってなんでしょう?
「脚なら脛骨」というように、腕なら「橈骨尺骨はこういう風な荷重で使う」という、キチンとした重力との兼ね合いで培った使い方があります。これは四足姿勢での話ですが、それを引き継いでいるので、脚でいう腓骨に頼った動きだと(腓骨に意識が通った動きだと)当然、手首の腱鞘炎は増えます。
実はこの辺りはシステムが既に確立されています。
お箸の事例であれば、ここに意識をおけば、きちんとした形になりやすいツボがあります(逆に「そこに意識を置いちゃうと血液でいうと血の流れを止めているようなものだ!」というポイントがあります。)
また上記の「上腕二頭筋」の事例は、例えとしてわかりやすいし引用していますが、実際の身体づかいではアウトです。それはなぜでしょう?、これも人間工学的にキチンとした理由がありますよ。
→詳しく知りたい方は修練会へ来てください。