小学生の頃の話、一つ上の学年に、片足の膝から下がない義足の男子がいた。
初めてみた時はかなり驚いた。膝から下は木の足型の模型、歩くときはちょっとかくんかくんとなりつつ歩く。
もう一つ驚いたことは、彼が普通に同級生の中に溶け込んでいたことだ。
義足の話も普通にするし、なんなら義足をネタにされたり、膝かっくんなどのようなこともされていた。ある程度、それが笑いになっていた。当時は「なるほどこんな感じなんだ」と思って見ていた。
で、今になって時折思う、「本当に溶け込んでいたのか?」と。僕の記憶の中では、↑に書いた友達と馴染んでいたように思う。が、もしかしたら本人は我慢していた可能性もある。そういえば、いじられているときに本気で嫌がっていた・・・ようにも見える。でもこれは20年以上も前の記憶を無理やり辿っている。俺自身が溶け込んでいると勝手に勘違いしただけかもしれない・・・。
LGBTやなんらかの差別を受けた方のエピソードには「当時は同級生と無理やり話を合わせていたけど、実際は嫌だった」という話も多い。
その手の記事をネットで読むと、「この人も傷ついていたんじゃないか?」と勝手に想像をふくらましてしまう。想像力ともいえるが、バイアス(色眼鏡)が入るともいえる。難しい。
すぐ決めつけようとしている自分がいる。とりあえず保留、でいいと思う。とりあえず保留精神。
複数、視点を作って抽象度を上げていく上で大事かもしれない。