久々に金出していいもん出してきた。
村本大輔にハマる。
行ってきたのは大阪の独演会(2月22日)、今で約1ヶ月経過。この間、ネットにある対談動画なども閲覧。村本さんにハマって考えたことは主に3つ。
今の日本人には「無知」と「無関心」の逆転が必要
一つ目は、無知と無関心の捉え方。日本人は無知が徹底的に石を投げられる対象になっている。
朝生で無知を曝け出した村本さんが放送後、「無知を恥じろ」だの「小学校から行き直してください」なんだの言われ、ネットでもボッコボコに叩かれたことがあった。
ここでのポイントは村本さんは無知だったかもしれないが、無関心じゃなかったこと。100歩譲って逆ならわかる。まったくの無関心だったら、その態度が批判されても仕方ない部分もあるかもしれない。
でも「無知はいいが、無関心はアカンよなぁ」の方がよくない???、無知を責める空気感で学びたいと思えないから(自戒込め。)
ちなみに別の朝生の会では、評論家から「ごめんね、私もわからないのよ」と放送後、言われたというエピソードもある(5分30秒〜。)
政治・経済の話題はブルーオーシャン?
二つ目は、政治や経済の話題は意外にもブルーオーシャン(競合がいない)なのではないか?ということ。芸人でいえば爆笑問題さんや、若手のぺこぱ(あまり詳しくはみれていない)などがネタにしているらしいが・・・。
1時間10分〜の藤本さんの事例をみてもわかる通り、政治をお笑いのネタにするのは、タブー・おかしい・変というレッテルが貼られている状態。
しかしそれがアメリカではまったくの逆のことを聞いた、と(同動画の34分〜。)知らないということで笑われる状態、だと。
例えば現在の日本では、税や給付金の問題は自分の財布に直結している。それを決めるのは政治の動き。しかし政治には興味がない。つまり財布(実生活)に直結していることに対して興味を持てない状態になっている。
お笑いの場は非言語空間
三つ目。あの場は言語の空間ではなく、非言語の空間だということ。
在日朝鮮人・政治家・差別などがバコバコネタにされて言葉を使って笑わせる。
しかし、あの場は非言語空間だった。あの場にいくとトランス(変性意識)に入って、別の空間に飛ばされるのだと思う。彼自身「独演会は聖域だ」と仰っている(先ほどのたかまつさんの動画の20分〜25分。)
優れた漫才師や落語家ほど、普段とは別の情報空間に連れて行く(変性意識に入れる)のが上手だ。
まとめ
ラスト1時間07分〜正しさの満員電車の話。あの場は、空気の支配から解き放たれる(満員電車から下りる)アジール的な側面がある気がする。
というわけで完全にカタルシス空間だった!
また行くぞ!!!!!!!!!!!!!!!