最近よくオードリー・タンさんの本や記事を読みます。すごく印象的だった言葉を引用。
母が教えてくれたのはこういうことです。私の考えがたとえ個人的なものであっても、その内容を言語で明確に説明することができれば、同じ考えを持った人に必ずめぐり会うことができる。すると、私が考えたり説明したりしたことは、単なる個人的な考えではなく、公共性のある考えになり、同じ考えや感覚を持つ人が「どうすれば、よりよい生活を送れるか」をともに考えるきっかけになる。
(P78から引用)
今の私には、
・幼少期から感じてきた自分の無縁性(?)→制服の記事参照。
・人が「関所」(大企業などがいい事例)に集約され立場でしかモノを語れない状態
・人間のための法律が、いつの間にか法律のための人間になってはいないか?(宮台真司氏のいう「法の奴隷」?)
など、昔から感じてきた疑問がだいぶ溜まっています。知識で説明できるようになってきた部分もありますが、言語化できないもどかしさがそれ以上にあります。
今後の日本では
・新自由主義からの脱却
・人が立場を超えて対話する(親として話す、上司として話す、のではなく、「自分の本音で相手と向き合う」)
・関所から降りた人間で新しい産業を起こす。
などが必要になってきます。不況25年にスタグフレーションまできて、コロナにはワクチン以外の対策はせず、新しい産業もない、これでは絶対にもちません。
自分の考えを言語化する作業で、人が集まるか確かめてみたいと思います。
★連絡先・プロフィールはこちらのページをご覧ください。