重心の視覚化
文字通り、重心の視覚化の技術です。物体には必ず重心があります。それは人間にも、ボールにもラケットにもクラブにもあります。人間自体でみても腕には腕の重心、脚には脚の重心があり、全身としての重心もあります。
しかも現実の身体のパーツは3つではなく、筋肉と骨格だけでも700もあり、さらに内臓などを加えればもっと数は増えるのです。それらの連結関係の変化に合わせ、重心感知をする比率も瞬時に変えていかなければならないのです。これが“究極の身体”の重心感知の世界です。
したがって“究極の身体”の重心と重心線は、常に重層構造になっているのです。次の図のように最上層では全身をまとめ上げた1つの重心と重心線があり、最下層では1000近い重心と重心線に分かれます。そして下の層で分かれたものはより上の層では1つにまとまります。
http://www.ultimatebody.jp/rensai016.html より引用
重心はまとめあげると一つになりますが、数え方次第では複数(というか無限)にあります。
「ラケットを感じる」 「ボールを感じる」のはボールの重心、ラケットの重心を感知するトレーニングにあたるでしょう。ちなみにインナーテニスの「打って弾んで」訓練のボールにあたるのは、人間です。どんなスポーツでも、重力下・接地を繰り返す・地面との関係性・・・の中で行われます。人間の場合はボールのような丸い物体ではなく、(単純にいえば)骨と筋肉と内臓で構成され、複雑になっているため感知がしにくいです。
球技ではボールという質量を持った物体が、重力で落下して、バウンドする際には抗力を発揮して跳ね返ります。このタイミング、この質感などを微細に感じているからできるのがテニスや野球やサッカー、バスケットなどです。
重心や重力は本来常に感じているものです。しかし椅子に座っているときにお尻の裏の筋肉も常に感じて、キーボードを自分が叩く音も常に聞き、自分の鼻先なども常に見えてはいますが、意識にあがっていません。
なら一つ一つ意識にあげていけばいいかというと、最終的にはそれでOKですが、つい我々は細部の感覚まできっちり描こうとしすぎてしまいます。
「ボールという質量を持った物体が、重力で落下して、バウンドする際には抗力を発揮して跳ね返り」をそのままシンプルに処理できれば、それより下の物理身体の動きはついてきます。初動負荷理論の重心を先行させて動くなども同様のことです。腕脚のついていきかたを顕在意識上で意識させているわけではありません。
顕在意識で一つ一つ捉え出すとFWの目的とする「無意識に投げる」から反します。詳しくは指導中でしか教えられませんが、このシンプル化・無意識に投げるが本当に肝の肝の肝であり、ほとんどのメソッドですっ飛ばされています。
リズム2.0
FWのコアである「インパクトの瞬間」(コマの瞬間)を意識にあげやすくする「リズム」、わかりやすい技術がいいかなと思い、リズムという技術名(内容もリズムをあげるもの)になりました。
音感がない方はスポーツが上達しにくいことが指摘されることもありますが、音感を磨くことで、神経系が磨かれる経路は確かにあります。
FWの核的な技術です。詳しくは使って頂く中で実感していただく必要があります。
プチゴール
「自分の目の前にあるコップを右手とる」「ドアを開ける」などの超小さいシンプルな動作のための技術。
シンプルな動作を脳に鍛錬するのが苦手な方(どうしても動作訓練を自分の方で難しくしてしまう方向けの)「プチゴール」です。 全ての動作は小さなフレームの習得からなります。例えばギターを弾くときには一つ一つ必ずコードを覚えますよね。あえてそれを意識させることはしなくていいのですが、初歩的な感覚を掴む際「あぁスポーツの動作といえども単純なことの繰り返しだな」と頭をクリアするためには必要不可欠な感覚です。スポーツ動作はどこまでいっても走るだけ、投げるだけです。
大きく見ても小さく見てもシンプルさがあります、まるでシンプルのマトリョーシカ構造です。「マトリョーシカ構造=どんどん難しくなる」・「逆に下りていくとどんどん簡単になる」わけではありません。 その考え方が間違っているわけではないのですが。。。抽象度の問題は厄介です。
処理できる当人からみて抽象度が高いか低いかがあるだけで、絶対的に高いものがあるわけではありません。しかし一度メンタルブロックが築かれると(知識も同様ですが)一気に苦手意識に変質します)。
このあたりはスポーツのメンタルトレーニングや試合の苦手意識、ある対戦者への苦手意識とも関わりがあり面白い点です。共通点は「勝手に自分が難しくしている」ことにあります。ある種のトリガーが弾かれれば、Aさんの前では吐き気がしたりするのが人間の認知からくる生理的反応です。これはどう考えても後天的な学習によるものでしょう。生まれつきAさんの前では吐き気がして、B先生の前では楽しいなんてことはありません。蛇を怖がる細胞などとは質が違うわけです。
その分、前頭前野の介入が入り込んでいるがために、ただ単純に競技をやるだけでは改善しません。 しかし繰り返しますが、スポーツ動作はどこまでいってもシンプルな動作の繰り返しでしかありません。「ドアを開ける」ことに苦手意識を持つ方は少ないでしょう。しかしボールを投げる、走るといった行為(動作フレーム)にはなぜか苦手意識を持つ選手が実際にたくさんいます。
イップスなどはこれにあたります。
脳をクリアにする重要性を、"脳に"訴えかけます。